のらりくらり(終了)

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    今回の部員日記は環境情報学部4年の中井理穂が担当させていただきます。


    大学生と名乗れるのも残すところあと数日です。4年生の1年間が最も忙しく鬼の速さで過ぎていきました。


    同期たちは皆、4年間の思い出やソフトテニス人生について振り返っていますが、私は昨日のことすら覚えていないため他の人たちのように書くことができません。しかし、この部に入って沢山の人に支えていただきここまでこられた事だけは深く印象に残っています。きっといい思い出も辛い思い出も多々あったのかもしれませんが、いま「充実した4年間だったかもな...」と思うのでまあ良しでしょう。取り敢えず続けていて4年過ぎれば何となく綺麗にまとまります。試合に出られなくたって、自分の役割なんて大層なものが見つからなくても、同期と飲んだくれてOBさんやOGさんにご飯に連れて行ってもらっておしゃべりしていれば、楽しく過ごせたもの。大志を抱くことは大切ですが、後輩たちがそしてこれから先、入部してくる子たちが1人でも多くこの部に入ってまあ良かったかなと思えることを祈っています。


    OBOGの皆様、監督コーチの皆様熱いご指導、ご鞭撻いただきありがとうございました。今後は私も微力ながらOGとして部に貢献できるよう努めてまいります。


    新型コロナウイルスが蔓延しておりますが、皆さまどうぞご自愛くださいませ。


    中身のない文章でしたが、最後まで読んでいただき有り難うございました。

    今後とも慶應義塾大学體育會ソフトテニス部を、宜しくお願いいたします。


    コスメの天才とスウィーツの天才

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      本日の部員日記は、環境情報学部4年の草野亜衣奈が担当させていただきます。


      先日、単位の発表があり、無事卒業が決定致しました。単位に対してそこまで不安はなかったのですが、両親から「一度でも留年したら退学させる。」とずっと釘をさされていたので、実際に卒業の文字を見たときには込み上げてくるものがありました。

      思い返してみれば、期待よりも不安ばかりを抱えた状態で入学した4年前、こんなにも楽しい大学生活が待っているとは想像もしていませんでした。高校まではソフトテニス一色の生活で、そんな私にとって慶應大学は人も学校も全てがキラキラ輝いて見えました。

      クラスのオリエンテーションでも、田舎臭むんむんな私は明らかに浮いていて、早くこの場から立ち去りたいと思ったのを今でも覚えています。本当にここで友達が作れるのだろうか、本当に4年で卒業できるのだろうか、そういった不安が毎日募るばかりでした。

      部活では、1年生の時から周囲の方々に期待をしていただいたものの、10キロ増えた脂肪が邪魔をして全く結果を出せずにいました。

      キラキラした世界に飛び込んではみたものの、周囲とのギャップに悩みが尽きず、入学当初は辛いことばかりでした。

      しかし、個性豊かな同期がいてくれたおかげで、大学生活がだんだんと楽しい日々に変わっていきました。

      女子力の高い秋本は、私がこれまで知らなかった化粧品やブランドについてあれこれ一から教えてくれて、田舎臭を少しずつ取り除いてくれました。プライベートでも部活でも、ネガティブな私の背中を叩いてくれて、いつも一歩踏み出すきっかけをくれました。お昼休憩や部活終わりに一番一緒にご飯を食べにいってくれたのも秋本で、それが毎日の楽しみでもありました。

      中井は、甘くて美味しそうな物を見つける天才で、たくさん幸せな気持ちをお裾分けしてくれました。その反面、部活では冷静沈着で、感情的になりすぎる私をいつもなだめてくれました。わがままで子供な私に、大人な対応を教えてくれるのも中井で、朝からテンションの高い面倒な絡みに付き合ってくれてたことにも、本当に感謝しています。

      2人の同期がサンドバックになってくれて、うじうじ愚痴を話すのも聞いてくれて、叱ってくれて、支えてくれて、そしてたくさん笑わせてくれたおかげで、私は無事卒業を迎えることができたのだと思います。非常に個性的な3人ということもあり、対立することも多かったですが、それと同じぐらいお腹を抱えて笑うことも多く、この2人には感謝の気持ちでいっぱいです。

      結局最後までキラキラした世界の住民には溶け込めきれませんでしたが、部活も学業も満喫できて、今はとても晴れ晴れした気持ちです。


      最後になりますが、開田総監督をはじめとするOBOGの皆様、4年間ご支援やご声援をいただき、本当にありがとうございました。

      田端さん、今井さん、田中さん、篭島さん、村上さん、頑固な私のことを見捨てることなく、最後まで根気強くご指導してくださり、本当にありがとうございました。

      部員の皆さん、こんな私に居場所を作ってくれて、本当にありがとうございました。

      このチームでソフトテニスができてよかったと、心から思います。


      4月からはまた新たなステージに立つことになりますが、慶應義塾大学の名に恥じない社会人になれるよう、頑張ります。

      また、これからはOGという立場から部に関わって、貢献できるような取り組みをしていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。


      拙い文章でしたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。


      島っ子が慶應へ

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        今回の部員日記は環境情報学部4年の秋本きららが担当させていただきます。


        誠に勝手ながら、今回の部員日記は私の大学4年間で最大の自己開示の場とさせていただきたいと思っております。

        少しばかり重いお話を、大きく2つさせていただこうと思っておりますので、お時間のある方は最後まで読んでいただけると幸いです。



        1つ目は、私がソフトテニスをする上で大事にしてきたことについてお話ししようと思います。

        結論からいうと、私は「自分のためでなく、誰かのために」をモットーに15年間ソフトテニスを続けてきました。

        そしてそれを最後まで突き通すことが出来たのは、今は亡き母のおかげだと思っています。


        私には兄と妹がおり、3人とも幼い頃からソフトテニスを続けてきました。当時母は、女手一つで私たち3人をソフトテニスクラブに通わせてくれていました。

        そんな母が、私と妹のソフトテニスの大会に向かう途中に交通事故で他界しました。その事故で私自身も怪我をしてしまい、しばらくソフトテニスから離れることになりました。

        私は当時、「自分がソフトテニスなんかやっていなければ」と母を亡くしたことに対して自責の念にかられ、このままソフトテニスから離れることを考えていました。

        そんなときふと頭に、私が小学4年生時に初の全国大会を決めたときに泣いて喜んでくれた母のことを思い出しました。そのとき私は、自分のためではなく、誰かを喜ばせるためにソフトテニスをすることを決意しました。

        こうして文章に起こしたとき、自分でもくさい話だな、と思います(笑)それでも、最後までそのモットーを突き通すことが出来たからこそ、どんなに苦しい場面でも、圧倒的に負けている場面でも、諦めずにチームのみんなのためにやり切る、勝ちきることが出来たのかな、と思います。



        2つ目は、4年間を通して感じた自分の居場所についてお話ししたいと思います。

        私が慶應に合格したとき、高校ではリアル「ビリギャル」現象が起きました。一応特進クラスにはいたものの、大して成績が良いわけでもなく、なんなら体育会寮で生活をしていたので、スポーツクラスの子とよくつるんでバカなことばかりしていました。そのため、「きららが慶應!?冗談やろ?」という反応は、先生を含め全校内で起こりました。それは私自身も同じで、全く実感の湧かないまま慶應に入学してきました。

        入学すると、やはり環境はガラッと変わり、クラスには英語がペラペラの帰国子女や若きIT社長、もちろん部活にも一般受験の頭のいい先輩や同期がたくさんいました。

        ど田舎石川から出たことがなかった私は、圧倒的な場違い感と劣等感を感じていましたし、4年間やっていけるのかと毎日不安を抱いていました。

        石川に帰省すると、中高の友人や親戚が、私が慶應に通っていることを周りに自慢しまくっていました。最初は正直、『これが慶應に入るということか、、、悪くないな』とわかりやすく調子に乗っていましたが、何人かの友人が会話の中で「きらとは住む世界が違うから」と口癖のように言うようになりました。もちろん冗談でのいじり文句だったと思います。しかし、ずっと一緒にバカなことをやってきた友人からのその言葉に当時の私は距離を置かれてしまったようで傷付き、石川にも私の居場所がないと感じてしまいました。

        そんなとき部活で副将を任命され、1年後には主将と、組織の中で大きな役割を任せてもらい、置かれている環境や立場が変化していきました。

        「もっと上を目指したい、もっといいチームを作りたい」という目標と、それを応援してくださる先輩方、"なんか怖いヤンキー先輩"としてキャラを確立させてくれた後輩(あながち間違ってませんが!!)、私のわがままについてきてくれたチームメイト、そして何より、ダメなときは叱り、甘やかすときは全力で甘やかしてくれた15人の同期のおかげで、自分の居場所を見つけることができました。

        慶應に入学して、これだけたくさんの方に出会えたこと、これだけたくさんの思い出を作れたことは私の一生の自慢話にしたいと思います。



        最後になりますが、OBOGの皆様、監督・コーチとしてご指導して頂いた皆様、後輩、同期のみんな、そしてなんの不自由なく私を大学に通わせてくれた祖母と叔父・叔母には感謝してもしきれません。本当に有り難うございました。

        これからはOBOGの皆様がしてくれたように、新人OGとして現役部員の支援として私の出来る限りの全てを捧いでいきたいと思います。


        長くまとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただき有り難うございました。

        今後とも何卒、宜しくお願いいたします。


        同期の温かさ

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          今回の部員日記は環境情報学部4年の平井雄大が担当させて頂きます。

          宜しくお願いします。

           

          個人的に文章を書くことが好きな性分のため、この部員日記を書くことは大好きでした。そのため、それが私にとって今回が最後となってしまうのがとても寂しく感じています。

           

          それでは、綴らせて頂きます。

           

          部活を引退して昨年2019年の11月は遠い記憶となり、先日2020年の02月09日から15日までの1週間、部活の同期と卒業旅行でハワイへと行ってきました。

           

          出発日に、空港にて久々に会った同期でしたが、髪の色が変わった方が約1名(主将)いたこと以外は、皆以前と変わらないままで、とても安心したのを覚えています。

           

          突然ですが、僕は深く人と付き合うことが苦手です。

          そのため、ソフトテニス部に在籍した4年間を振り返っても、練習の時間以外に同期と過ごした時間が決して多くはありませんでした。

          でもそれは仕方のなかったことだと思ってます。部活以外にも色々とやってみたいことはあったし、勉強の時間をしっかり確保したかったからです。

           

          しかし、今の私が当時を振り返って出てくるものは、後悔に他なりません。今思えば、もっと無理をしてでも、同期と過ごす時間を作るべきだったと反省しています。

          なぜなら、卒業旅行でこの同期と一緒に過ごす時間が、自分にとってはとても楽しい時間だったからです。

           

          確かに1人の時間を作って自分を磨くことは大切です。しかしそれだけでは人生は豊かにはならない 。ありのままの自分を知ってくれている友人と過ごす時間の尊さを、愚かにも、最後の最後に知ったのでした。

           

          それに気づいてからは、旅行中のすべての時間を

          「二度と戻ることのできない、かけがえのない当たり前の時間」として、「一つ一つ、心に刻もう!」というようなことを考えながら過ごしておりました。

           

          ふざけて、笑って、何かあったときは真面目になって、でも最後は笑って。

          同期皆が、永遠にしたい一瞬一瞬を精一杯に刻んでいく。彼らと共にそれができる。思い出を一緒に刻むことができる。楽しさを分かち合える。

          自分を高めることしか知らなかった自分にとっては、至高の幸せに感じました。

           

          同期であり年齢も同じの尾崎君が、旅行中に撮影した動画や写真を、一つの動画にしてくれました。

          素晴らしい動画でした。あっという間の日々が、ぎゅっと詰まった、いっしょうの思い出です。

           

          後輩たちには、ぜひそういう時間を大切にしてほしいと思います。

          もちろん、僕よりそれができていない人は思います。百も承知です。

          でも、何かしら色々と何かが人によってはごちゃごちゃあって、同期と過ごす時間を後回しにしてしまうことがあると思います。

          それでも、可能なかぎり同期との時間は大事にしてほしいと思います。

          なぜなら、おそらくは大学でもっとも過ごす時間が長いであろう友人たちだからです。

          過ごす時間が長ければ、ありのままの自分を知ってくれます。

          ありのままの自分を知ってくれている、というだけでかけがえのない価値です。

          もしかしたら、そりが合わないということもあると思います。

          でも、仮にそりが合わない人だったとしても、4年間一緒に戦う戦友です。

          過ごし方がわからないなら、とりあえず一緒にいればいいと思います。

          それでいいのかもしれないと僕は卒業旅行で思いました。

          ぜひ、たくさんぶつかって、たくさん泣いて、

          最後にその全てを皆で笑い合える同期を、皆で作って欲しいです。

           

          また、最後になりますが、OBの皆様並びにコーチの内田さん、監督の中本さん、米村さん、開田さん、先輩方、後輩の皆さん、トレーニング係の立ち上げから身体向上委員にまで成長させるまでの運営のサポートをして頂いた武本さん、武藤君、同期の皆さん。

          不束者の僕で、本当に色々とご迷惑をおかけしましたが、4年間を支えて頂き、誠にありがとうございました。

          慶應義塾大学体育会ソフトテニス部で過ごさせて頂いて、本当に良かったです。

          今後とも、宜しくお願い致します。

           

          拙い文章でしたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。


          お世話になりました。

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            今回の部員日記は総合政策学部4年の林城太郎が担当させていただきます。

             

             

            地元に帰ってしまった私は日吉に顔を出すこともなく、部員として練習に励んだ2年半はもう遥か昔のことのように感じます。

             

             

            テニスが大好きな私は休日に家族と硬式テニスをしたり、来年から大学生になる弟と近所の中学生のコーチに時々行ったりしています。

            こうした中改めて感じるのは、自分は本当に恵まれた環境でソフトテニスをさせて頂いていたのだなあということです。

             

             

            コーチで行くコートでは中学生や高校生から球が速いなどと驚かれ悪い気はしないのですが、気持ちよく全力で乱打が出来る相手はなかなかいません。

            色々な先輩、同期、後輩から毎日のようにボコボコにされた慶應での練習がとても懐かしく感じます。

             

             

            また友達や家族とのテニスは長くても2,3時間くらいで、週5で朝から夕方までテニスが出来た環境は本当に貴重なものであったと再認識しております。我々現役のためにこのような素晴らしい環境を維持して頂いていたOB、OGの先輩方には本当に感謝しております。

             

             

            来年度からはいよいよ私たちも社会人です。今まで私たちが貰ってきたものを下に返していけるよう、立派に働きたいと思います。

            私はアプリの会社で働きながら、先月立ち上げた自分の会社との二足のわらじで頑張っていこうと思います。テニスが好きすぎるあまり、部活に入るだけでは飽き足らずテニスで起業してしまいました。

            テニススクールやクラブの運営をしている方などのお知り合いがいれば是非連絡を頂きたく思います。

            https://www.mojjojapan.com/

             

             

            また最後になりますが、私の弟や後輩のAO受験を支えてくださったOBの皆さま、武本さんをはじめとする勧誘委員会の皆さまには本当に感謝しております。彼らは結果としてライバルである早稲田や明治へ進学してしまいましたが、皆さまのご協力のおかげでくいのない受験を終えられました。

            本当にありがとうございました。

             

             

            拙い文章でしたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。


            じゃない方。

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              今回の部員日記は、総合政策学部4年野口航が担当させていただきます。

               

              最後の部員日記となる今回、これまでのソフトテニス人生を長々と回想させていただきます。

               

              ソフトテニス界には「じゃない方」という言葉があり、私のソフトテニス人生はまさにその言葉がぴったりな15年間でした。

               

              初めて聞く方に「じゃない方」という言葉を説明します。

              シンプルです。

              ダブルスの弱い方の人間のことを指す、ひどい言葉です。

               

              僕は15年間で個人戦のペアを組んだ5人全員が日本代表という少し変わった経験をし、様々な思いを抱きながら競技を続けてきました。

               

              小学1年生から中学3年生までは戸畑勝喜君(現九州産業大学)と9年間ペアを組みました。小学生の頃から「戸畑のおかげで勝てている」と言われ続けていましたが、それが顕著になったのが中学2年生の時です。

               

              私と戸畑君は、世代別の日本代表を決める「ジュニアジャパンカップ」に出場しました。

               

              私はシングル予選リーグ敗退、ダブルスは決勝トーナメント一回戦敗退と、パッとしない結果に終わり、日本代表にも選出されませんでした。一方、ペアの戸畑君はダブルスで準優勝、シングルでは優勝し、日本代表入りを決めました。

               

              この時僕は、今まで身近にいた存在が遠くに行ってしまった大きな喪失感と同時に、自分自身の実力のなさに強い憤りを感じました。学校でペアの戸畑君が賞賛される姿を見るたびに喜びどころか嫉妬を感じ、大きな挫折経験となりました。

               

              でも、この時の挫折が僕のソフトテニス人生の大きな糧となりました。

              悔しさが原動力となりより厳しい練習に取り組めたことで、都道府県対抗の団体戦で優勝することができました。

               

               

              高校は岡山理科大学附属高校に進学しました。

              同期には全国優勝経験者が多く入学し、僕が最初にペアを組んだのは同年代の全中チャンピオンである吉信克也君(現関西学院大学)でした。ビビりました。なんでいきなり?って思いました。

              案の定初めての地区大会ではベスト16で敗退。敗因が僕にあることは誰が見ても容易に分かり、試合後プレッシャーに潰されそうになりながら練習に励んでいたことを思い出します。

               

              救いだったのは吉信君の優しさです。

              彼は、僕のために毎日のように球出しをしてくれて、試合中もいくらミスをしても励まし続けてくれました。

               

              彼のおかげで憧れていた選手とも対等に戦えるようになり、彼と組んだ1年間はソフトテニス人生で最も上達した期間だったと思います。

               

               

              高校1年生の冬、トレーニング中にケガをした私は、約2ヶ月間競技から離れました。復帰した直後にペアを組んだのは入部したばかりの本倉健太郎君(現明治大学)です。今では日本を代表する選手ですが、当時の私は見たことも聞いたこともない新入生といきなり組むことになり、これまたなんで?って思いました。

               

              でもそう思ったのははじめだけで、素直で真面目な彼は僕にとって最高のパートナーであったと感じています。毎日のように自主練をしたり、試合後に喧嘩をしたり、思うように結果が出ない中2人でもがきながらテニスに打ち込んでいました。最後のインターハイでベスト16に入ることができた時には、苦労を共にした分、大きな達成感を味わえました。

               

              学年が1つ下の彼は、私と組んでいる期間は日本代表に選出されていなかったものの、高校3年時、インターハイで優勝し、その後ナショナルチームにも選出され、私はまた「じゃない方」認定されてしまいました。

               

               

              大学では一つ上の先輩である伊藤幹さん(現ヨネックス)と約3年間ペアを組ませていただきました。

              2年時の石川インカレの準々決勝明治大学との対戦では、個人戦チャンピオンの本倉丸山ペアに対して、勝利を収めることができました。この勝利は一生忘れない僕の宝物です。

               

              3年間ペアを組ませていただき、伊藤さんの持つ不思議な力に何度もパワーをもらいました。それは、ペア、見ている人、チームメイト、時には対戦相手の心に火をつける力です。どんな逆境でも諦めない姿勢、むき出しの闘争心など僕にないものを持っている伊藤さんのパワーを一番近くでたくさん受けることができました。

               

               

              大学4年時は現主将の小田島俊介とペアを組みました。

              彼はU20の日本代表に選出されていましたが、その現状に満足することなく泥臭く練習する姿に多くのことを学ばせてもらいました。

              チーム作りの中心として献身的にサポートをしてくれるだけでなく、積極的にペアリングについても意見を言ってくれました。彼とのペアを組んだ約半年、主将とプレーヤーの両立に悩むことが多く、思うような結果を出すことができませんでしたが、最後のペアが彼でよかったと心から思っています。

               

               

              長々と自分の経験を綴らせていただきましたが、振り返ってみて思うことはソフトテニスを通じてたくさんの出会いがあり、その中でも上記の5人との出会いが今の自分を作ってくれたということです。

               

              「ペアのおかげで勝った」と言われる度に悔しい思いをしてきました。ただそのおかげでプレーヤーとして、そして人として成長してこれました。今では「じゃない方」であり続けたこと、その度に抱く感情に素直に向き合い努力を重ねてこれたことを誇りに思っています。

               

               

              最後になりますが、これまでお世話になりましたOB・OGの先輩方、多くのご支援をいただき誠にありがとうございました。また、4年間苦楽を共にした同期、こんな私を慕ってくれた後輩、そして、私をこのような素晴らしい環境に送り出してくれた家族の皆にもこの場をお借りして感謝を伝えさせていただきます。ありがとうございました。

               

              これらの感謝の気持ちは、先輩方が私にして下さったように後輩部員の支援にあたること、これまでのソフトテニス人生に誇りを持ち立派な大人として社会に出ていくことで恩返ししていきたいと考えています。

               

              長くまとまりのない文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

               


              忘れっぽい人間

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                私は忘れっぽいです。

                正確に言うと、人の名前と嫌なことをすぐに忘れてしまいます。


                先日はゼミ最終日でしたが、2年間切磋琢磨し一番仲の良かったゼミ同期の名前を忘れ「えーと、あの、おしゃれでイケメンな人!」と形容しました。


                嫌なこともまた、よく忘れます。

                この4年間、部活では辛いことが多かったように思います。1年時には周囲に相談しては「そんな部活やめろ」と言われ続け、2年時には毎日のように泣き、3年時には突発性難聴になった記憶もあります。しかし、辛いという感情はあまり思い出せません。ただ覚えているのは、相談に乗ってくれた部活の後輩・同期・先輩方、本部の同期・先輩方、他部の同期・先輩方のことです。

                「たつきちでうどん食べながら競泳の先輩に相談乗ってもらったなぁ」「東日の夜に号泣しながら剣道部の先輩に電話したなぁ」「セブンの前でアイス食べながら野口くんに話聞いてもらったなぁ」「辛いとき今泉くん、尾崎くんに電話で話聞いてもらったなぁ」…

                今では、何が辛かったか全く思い出せないですが、相談に乗ってくれた皆さまのことは鮮明に覚えています。


                辛い経験をした方がいいとは言いません。しない方がいいです。片耳が聞こえなくなったら困ること、意外とあります。

                でも、辛い経験をしている人やこれから辛い経験をする人へ。人間は意外と忘れっぽいです。だから、数年後は楽しいはずです。辛くなったらたくさん周囲に頼ってみてください。敵のように思えている人たちが実は敵じゃないことは、結構あるはずです。

                マネージャーではありますが、弊部において小泉信三先生の唱える「三つの宝」を手に入れることができたと感じます。何よりも、友です。ソフトテニス部は「人に迷惑をかけてはいけない」「自立した女性であれ」と言われ続け育てられた私に、頼り頼られ相手の全てを受け入れることを教えてくれました。

                特に、1年生の時から4年間を共にした同期には、本当に恵まれました。各々の正義感を持ち、それでいて独善的でなく、不器用ながらも相手に寄り添おうとする、素敵な同期たちでした。


                4年間、本当にお世話になりました。

                お力添え頂いた全ての皆様に御礼申し上げます。そして、甚だ僭越ではありますが、今後とも弊部へのご支援ご協力を賜りますよう、何卒宜しくお願いいたします。

                拙い文章ではありますが、最後までお読みいただきありがとうございました。


                お世話になりました

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                   引退してから、早2ヶ月半。部員に会う機会もコートに足を運ぶ回数も少なくなり、寂しさを感じている今日この頃でございます。

                  中学1年生から始めたソフトテニスをまさか大学4年までやることになるとは思いもしませんでした。中学生の引退の時点では、絶対続けないと思っていたのに、志木高に入学して一番最初にソフトテニス部に見学に行き、その場で入部したのを今でも鮮明に覚えています。志木高時代は、浪川さんの下で、多くのことを学ばせていただきました。本当にたくさんお世話になったので、ここでは書き切れませんが、何よりも体育会という存在を紹介していただけたことは、僕の人生を大きく変えた出来事であったと思っています。だから、高校3年間の部活生活を終えた時、頭によぎったのは「もっと高いレベルでテニスをしてみたい」という思いでした。そして大学1年生の春、偉大なる松本政先輩の後を追い、体育会の門をたたきました。

                   体育会では正直、部に貢献する事は出来ませんでした。自分の技術不足や不甲斐なさに、悔しさと憤りを覚えたことを忘れることはないと思います。それでも、こんな私を見捨てることなく、接していただいた素晴らしい仲間達や、諸先輩方に出会えたことは大変貴重な経験となりました。技術だけでなく、人間性も高めることが出来たこの組織は、本当に素晴らしい組織だと思います。ご迷惑をおかけした方々もいるかとは思いますが、私に関わっていただいた全ての方々に感謝の気持ちを、この場をお借りしてお伝えします。本当にありがとうございました。そして現役の部員達には、悔いが残らないように全力で部活に打ち込んでほしいと思います。頑張ってください。応援しています。

                   

                   これが私にとって最後の部員日記になるので、本当はいろいろ書こうと思っていたのですが、うまく言葉に出来ないのでこれで失礼させてください。短い文章になり大変申し訳ございません。

                   

                   最後になりますが、少しだけ志木校の後輩のことを書かせてください。昨年の秋に志木高からまた一人体育会に入部したものがおります。和田宙といいます。私よりもずっとずっと才能があり、努力できる人間です。応援よろしくお願いします。それから、尾崎巧が主務に就任いたしました。しっかりしていると信頼はしていますが、何か抜けていることがあったら是非ともご指導よろしくお願いします。

                   

                  拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

                   

                   


                  最近のテニスのモチベーションは慶應オープンです。

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                    今回の部員日記は経済学部4年の竹本将希が担当させて頂きます。


                    年が明け早2週間が経とうとしておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。自分はクリスマスから年末にかけて台湾旅行に行き、年始は初詣、同窓会、ゴルフがあり、充実した年末年始を迎えることができました。社会人になってからはゴルフが必須なようで、これから練習しなければと思っております。


                    話は変わりますが、これが自分にとって最後の部員日記となってしまいました。振り返るとソフトテニス漬けの4年間でした。志高い先輩・同期・後輩に恵まれ充実した時間を過ごすことができました。自分は同期とペアを組むことが多かったです。2年生の夏に青山(竜)と組んで初めてインカレの個人戦に出ることができました。この時部内戦で勝つことが出来なかったら今の自分はないだろうと思います。3年から4年の夏にかけては今泉とペアを組みました。今泉とは少しペアを組みすぎてしまったようです(笑)。リーグでマッチポイントを握るも負け、横浜代表として出場した都市間交流戦では日本リーガーに勝つことができ、早慶戦では初めて本戦で勝つことができました。まだまだたくさん思い出があります。そして4年秋リーグでは尾崎(佑)と急遽ペアを組んでリーグ初勝利を挙げることができました。本来サポートメンバーでしたが、台風19号のおかげでアップメンバー入りすることができました。会場もやり慣れた下田テニスコートになり本当に運が良かったと思います。最後の2点の動画を見て何杯でも呑むことができます(笑)。勝った瞬間から自陣に戻って皆と勝利のハイタッチしたことは一生忘れられない思い出となりました。

                    書きたいことはまだまだありますが、長くなってしまうのでこの辺にしておきます。何が言いたかったと申しますと、慶應義塾体育会ソフトテニス部に入部して後悔はなかったということです。


                    最後になりましたが、今まで応援して下さった諸先輩方、最後まで志高くテニスをやってきた同期、こんな自分を少しでも慕ってくれた後輩達には本当に感謝しています。ありがとうございました。3月まではテニスを目一杯楽しみたいと思っていますのでどんどんテニス誘ってください。


                    拙い文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。


                    クールな男。

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                      今回の部員日記は環境情報学部4年の須藤虎歌が担当させて頂きます。


                      皆さん明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

                      今回のキーワードはズバリ「熱狂」です。大事なのでもう一度言います、「熱狂」です。

                      頑張れば3分で読み終わりますのでお時間をください。準備はいいですか、それでは行きましょう。

                      Let’s 熱狂!


                      まず初めに次の質問に答えてください。

                      「あなたは最近いつ感動しましたか?」

                      「    」


                      熱狂ちゃうんかいとツッコミを入れて下さった方、ありがとうございます。

                      ツッコミを入れなかった方は最初から読み直しです。

                      私が最近感動したのは箱根駅伝です。私は箱根駅伝の大ファンです。

                      今回の箱根駅伝も数々の感動がありましたが、特に復路の鶴見中継所で日体大の襷が目前にして繋がらなかったシーンや、國學院大・前田監督の男泣きインタビューに、目頭が熱くなりました。

                       余談ですが、今大会で全選手中84.3%が履いていたNIKEの厚底シューズが話題になりましたね。私はNIKEの創業者の自伝である「SHOE DOG~靴に全てを~」というこれまた分厚い本が大好きで、大学2年時に読んで以来とても影響を受けています(その話はまたの機会に)。

                       ここだけの話ですが、私が弊部の広報を強化しようと言い出したのも青学陸上部の原監督の影響があります(その話もまたの機会に)。

                       もっと言えば、私は三代目・山の神である神野大地さんが立ち上げたブランド「RETO」のネックレスが欲しいです(この話はいりません)。

                      話が逸れましたが、私のようにスポーツを通して感動を得た経験がある人は多いはずです。

                      自分には直接関係のないチームや競技でも感動を与えてくれる。それはもちろん箱根駅伝に限らず高校野球や日本ラグビーなど全てのスポーツに共通することです。

                      もし経験したことがない人がいたらこう言ってあげてください。「このサイコパス!」

                      スポーツってほんと素晴らしいですよね。。。



                      それでは次の質問です。Let’s 熱狂!

                      「あなたはソフトテニスで感動したことはありますか?」

                      熱狂ちゃうんかいとツッコミを入れた方、、、じゃかましいわい!

                      ソフトテニスで感動したこと、私はあります。

                      2年前に弊部が団体戦で全国大会ベスト8になった時です。

                      直前の大会で完敗した中央大学を下し、ノリにノった私たちは持ち前の大声援で周りの観客までをも巻き込みSNSでも話題になりました。

                      ソフトテニスは個人スポーツですが、実は団体戦が醍醐味のチームスポーツです。

                      個人戦では全員が試合に出場することができ、団体戦では全員が全力でチームメイトを応援する。

                      ソフトテニスって素晴らしい。。。



                      それでは最後の質問です。

                      「あなたは人を感動させたことはありますか?」

                      自分で言うのもおこがましいですが、私はあります。

                      高校3年時のインターハイでベスト16になった時です。

                      私にとって初出場だったインターハイ。対戦相手は直前の全国大会準優勝ペア。

                      コーチからのアドバイスは1つ「どうぜ勝てっこないからオールポーチだ」。

                      このアドバイスをわかりやすくご説明しましょう。じゃんけん勝負で「考えても無駄だ、すべてグーでいけ」です。ちょっと違うか。

                      このように思考停止させて捨て身の勝負をすることを人はバカと言います。

                      しかし私は今慶應義塾大学にいます。

                      結局その作戦が上手くハマり、何とストレートで勝利することができました。

                      この奇跡の勝利に、応援してくださった方々から「感動した」と口々に言って頂けました。

                      今でも当時の仲間に会うとインターハイの試合と卒業式の例の出来事をまるで自分の武勇伝かのように言われるのでとても恥ずかしいです。

                      そして後輩によいしょされるのはとても気分がいいです。

                      人って素晴らしい。。。(もうめちゃくちゃです)



                      さて、そろそろまとめます。感動についてです。

                      それは箱根駅伝の山の神誕生の条件と同じだと思っています。

                      最初からこれだけを話せば短く済んだのにと後悔しています。

                      山の神の称号を手にするには以下の条件を満たす必要があります。

                      ・優勝チームの走者であること

                      ・ごぼう抜き(逆転優勝)または区間新記録を達成すること

                      両方を満たして実況者の心を動かした時に山の神の称号を手にすることができます。

                      私はこのことから、人を感動させるには「ストーリーを描いて結果を出せ」ということを学びました。

                      ストーリー(結果までのプロセス)を共有していない結果には感動しません。

                      結果を出さなければそもそも評価はされません。

                      そして感動を与えるためには期待を越えなければなりません。

                      自分の120%の力を発揮するためには、狂気じみた熱量が必要になると思います。

                      その熱狂は、静かに燃えることもあれば、激しく燃えることもあるでしょう。

                      私はたった一度きりの人生を謳歌したい。

                      人の心を動かせるよう、常に期待を超えていく男でありたい。

                      そんな、アーティスティックな野望を抱き、社会人として羽ばたいていきます。


                      以上で最後の部員日記を終わります。

                      お正月ということでつい長くなってしまいましたが、拙い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

                      弊部は部員日記の他、TwitterYouTubeなどSNSでの発信も熱心に取り組んでおりますので是非チェックして、プロセスをご覧になってください。

                      これからも慶應義塾体育会ソフトテニス部、そして私須藤虎歌の活躍にご期待ください。


                      エンドロール ~14年間のソフトテニス人生を終えて~

                      弊部は今年度で創部70周年を迎えました。これまで伝統を築き上げてくださった諸先輩方に深い敬意と感謝を表します。

                      以下に特筆して感謝したい方々へメッセージを送ります。

                      赤井前総監督:当時1年生でやる気が起きなかった私に対して「無理しなくていい。休養をとってもいいんだぞ。」というお言葉を頂いたことが特に印象に残っています。辞めるという選択肢を持つことで、体育会で過ごす意味を深く考えるようになり、成長するきっかけとなりました。

                      高橋会長、中本男子部監督、内田男子部コーチ、開田総監督:大学最後の1年間は苦しい時間が続きましたが「失敗はいい経験じゃないか。気にするな。」と前向きな声をかけて頂いたことで、折れかけた心に火を灯し、チームのために自分ができることは何かを考えるようになり、そして最後にもう一度コートに立つことができました。

                      他にもここではご紹介しきれないほどたくさんの方々に支えられて4年間プレーすることができました。重ねて感謝申し上げます。

                      最後になりましたが、私たちのチームについてきてくれた後輩、自分勝手で気分屋の私を受け入れてくれた同期のみんな

                      そして、14年間いつも支えてくれたお父さん、お母さん、ありがとう。






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